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ayhc1985

たまに出て来る 文芸部
火花
このラストって、どうなの? お笑いの為には、盲目的追求になる姿と、その滑稽さを表現したかったんだろうけど---。でも、なかなか面白かった。どうラストに持ってくんだろうなどと思いつつ読んでしまった。師匠は、つまらない事故で亡くなるパターンを予測してたので、いい意味で裏切ってきた感じなのかも。吉祥寺あたりの描写があると、リアルに浮かぶし、ストーリー全体が昔を思い出すような、なんか懐かしい気持ちになる。
edited byかいちよー at
『火花』取りとめもない感想を前段として
なんか「芥川賞としてどうなのか」といった議論が噴出してるけど、それに対して俺としては??って感じ。文学界の人が芥川賞作品に異議を投げかけるのは、昔からよくあったこと。 でも、普段それほど読んでない人が何故そんな口撃を?とは思いつつ、これが「出版社のお偉さんたちが目論んだ、話題作りによる読者層の拡大」がしっかり上手くいってる証しと気付いたり、権威とかブランドの偉大さに思い馳せたりする。 「芥川賞として-----」の御意見の人は過去受賞作を読んでるだろうか? 俺は、自分が生まれた年度以降は全て読んでるけど、軽くて深みもないような作品はソラであげられるだけでも沢山ある。「赤頭巾ちゃん気をつけて」「豚の報い」「パークライフ」「蹴りたい背中」等々。余りに??で、選考者の先生方の選考事由文を探し出して読んだ事もある。すると、自分ごときとはかけ離れた深い感性を垣間見れて、本作を読むより面白かった。 一方では、深そうなんだけど、最後まで読むのが苦痛なだけのものも多い。このあたりが、純文学として文句が出ない作品なんだろうな。例えばこんなのがある。 知人に会いにいったら行き違いがあって、長い時間待たされるはめとなった。その近くに住んでる大学時代の女友達をタマタマ思い出し、時間潰しで超久々会いに行く。過去に色恋感情があった訳でも仲良しでもなかったので、当然盛り上がらない。ぎこちない世間話のひと時。 文学なんて気取っても、所詮は娯楽。好き嫌いがあって当然。ストーリーに心踊らされる事を求める人もいれば、文の巧みさ美しさに魅入られる人もいる。他の人生を模擬的に得たい人もいれば、何でもない日常が覗き見的に楽しい人もいる。 娯楽なんだから、これぞれの感性で何がどう面白あったかだけで良い。つまらなければ、自分にはツマラナイだけだったと言えば、それが活きた感想だと思う!
edited byかいちよー at
「敗れざる者たち」

 沢木耕太郎か?地元民(大森)らしいぞ。「深夜特急」とか「テロルの決算」は割と愛読したけど・・。などと思いつつ探し出して読んでみたら、読んだことあった。円谷幸吉と輪島功一のクダリで記憶が帰った。当時ベストセラーとして話題にもなってたんだろうな。

 使い古された表現だけど一人ひとりが人生の主人公だと感じさせる。そして、人は『平凡でないドラマチックな人生』を求めるほど、より大試合のリングに立たなければならないんだろうね。リングの中は孤独な戦い。外ではたくさんの人が応援して大切にしてくれていても....。それは何であっても同じ。ボクシングであってもマラソンであっも。   

 栄光が勝ち取れる「極く一握りの人」の決定打は、素質だけではなく、諦めない魂!そして、理不尽ながら最大要素は「運」。ささいな事が勝者と敗者を分けてる。運は挑み続ければいつか回ってくるかも。挑みつづけるための諦めない魂は、素質以上のソシツかもしれない。                                  

 戦う者達は、実は誰もが同じようにキツイ苦しい。いつもそれがわかってた輪島は、アベベの満身創痍を知らなかった円谷よりずっと救われてた。                 

 いつもヘナチョコな俺は、円谷にすごく近い。でも彼のように見えない敵(振り返らず姿を見ず)と戦うのは苦手。形のないものと闘うのは、つら過ぎる・・、無理だ。目の前の強大な奴と拳を交えるほうが性にあってる。孤独で勝ち目のない長距離走に挑み続けるよりは。

 普通の人は、1つの栄光を目指すだけでは、生き続けられないんだろうと思う。たった1つのリングでなく、大きくても小さくても複数の舞台を持つべきなんだろうな。

edited byかいちよー at
敗れざる者たち(沢木耕太郎)
古い作品だけど、最近また脚光を浴びてるらしいので、古本屋で探して読んでみた、
不世出の天才と同じ時代に生まれてしまったため…。あまりに生真面目すぎたり優しすぎたため…。不器用な 生き方しかできないために栄光をつかめなかった人間の悲哀が描かれた作品。才能や努力だけではどうにもならない世界の話しは、いたって平凡な自身の人生にも通じる部分もあり面白かった。 
本当の栄光、本当の幸せとは何かを考えさせられたよ

edited byてつ at
号泣する準備はできていた

 5話めの『溝』に読み至ってかいちょーの気持ちが少しわかったよ。でも俺は

物凄く重苦しい気持ちになってしまった。6話目の『こまつま』に至っては、

更に暗くなってしまった。

 確かに人生経験の濃い作家ならではの作品なのだろうとは思うけど、自分に

置き換えたら同じような経験はしたくないしさせたくないな・・・と思ったよ。

 この作者がどっちサイドにいたのかは分からないけれど、若い時の経験だから

こそそれをバネとして作品を生み出す事ができたのだと思う。

 もし俺達の歳で同じような経験をしてしまったら、そこからは負のエネルギー

しか生まれてこないと思う。

 先日の投稿とは違う意味で、この本を最後まで読む気が続くかどうかわからない

けれども、また何か感じることがあれば投稿するよ。

 でもこのような切ない作品で感傷に浸っていると逆に視野が狭窄的になって   しまうかも・・・、もっと前向きな作品を読んでこれからの先の人生を豊かに

していく糧とした方がいいとおもうぞ(^_-)-☆

 

 

 

 

edited byてつ at
号泣する準備は出来ていた

たしかに女性向け。しかも中高年・・・。事件も何もないベタベタなありふれた日常の風景で退屈なのかも。若い男には決してわからない感性だとは思う。         しかしながら、我々「中高年おやじ」「中高年お姉さん」には解かる。ぐっとくる。

 

「溝」では、離婚を言い出した妻と何気ない日常を過ごし続ける男の控えめな感情の機微を見てほしい。

「洋一もこれれば良かったのにね」は、(多分誰もがそうだったであろう)横で見ていてこそばゆかった妻と実母の関係とやり取りを思い出しつつ見てほしい。

「号泣する準備はできていた」は、クリスマスツリーの夢のクダリと、その後のなんでもない退屈な日常の繋がり。

極め付けは「そこなう」の幸福感と併流する言いしれぬ不安感(幸福なはずの未来を信用し受け入れ切れない)の表現。そして、「熱帯夜」の行き止まりの恋と知りつつ、今を精一杯味わおうとしている2人の会話のやり取りや行動。無論こんな恋愛(女性同士同性愛)の世界を知る由もないけど、なんか「今を・今だけを生きよう」の感性が痛いほどわかる。光景が浮かぶ。突き刺さる。

 

全てが抑え目なのにわかりすぎる。なんて人生経験の深い作家なんだ。→そんな視点で是非。

edited byかいちよー at
永遠の0

お久しぶりです。

私は読んでませんが、中一の娘がハマってる様で、

もう3回も読みなおしたとか・・・。

理解してるのかな~?

 

ちなみにユース関連のHP作ってみました。

お時間のある方、見てやって下さい。

 

グーグルで" yh3k "で検索すると出てきます。

ユース賛歌

http://yh3k.com/

 

edited byモッチ at
号泣する準備は出来ていた

う~ん3話めまで読んだけど最後までもつかなあ(-ω-)/

悲しいかな俺にはこれで感動するような感性は無いようだ(/ω\)

やっぱりこれは女性が読む本なんじゃないかな?かいちょーもあまりに入り込みすぎて、オネ~になっちゃわないように気を付けろよ!

 

edited byてつ at
BOX
小学生の時に、離れ離れになった「勉強はダメだけど、強くて男らしいカブ」と「秀才だけど、いじめられっ子のユウちゃん」。久々の再会にするっと友情が蘇る。全く照れのない再会を喜ぶ場面に、リアリティが欠けてる気もしたけど、お互いを大切にしあう姿は気持いい。
人間って、「大切な人のために」の時は自分のための時より、ずっとずつとがんばれるしね。
そして、目立たないながらも「大切な人」を持つもう一人。心臓病で亡くなったマネージャーの「私が亡くなったら、天使になってリングのカブを見守るの」の言葉。わかる。よくわかる。誰かの事を想う、陰からでも遠くからでもずっと支え続けたい。わかりすぎて辛いくらいだ。
edited byかいちよー at
永遠の0
映画 永遠の0をみてきたよ なぜ特攻隊になったのか分かった。彼にとって もはや生と死の境界線は存在せず、死してなお生き続けている。覚悟の勇者の姿が印象的だった。魂の底からの息吹を感じた素晴らしい映画だった。でわでわ 皆さん 良いお年を! 【makochiyan】
edited byかいちよー at